白兎とボレロ
サイケデリック・ロック覚書 第2回


ひとつの錠剤はあなたを大きくし
もうひとつの錠剤はあなたを小さくするけど
母親があなたに与える錠剤は
まるで何もしてくれない
アリスが身長10フィートになった時に
聞いてみなさい
(「ホワイト・ラビット」グレース・スリック、野村伸昭訳より)

1967年ジェファーソン・エアプレインのアルバム「シュールレアリスティック・ピロー」からグレース・スリック作曲「ホワイト・ラビット」の一節である。この曲はサイケデリック・ロック(以下サイケ)の代表的な曲であるとともに、サイケの中でも最も完成度の高い曲のひとつである。ジェファーソンのボーカル、グレース・スリックが「不思議の国のアリス」とドラッグによる幻覚をあてはめた詩に、ラヴェルの「ボレロ」に想を得て作った曲である。


導入部の半音上下するベース・リフが静かに流れてきて、フリジアン・モードのギターの旋律が加わる。曲は次第に盛り上がっていき、再びベース・リフに戻ったとき、曲はまったく違った様相になって激しさを増し、激しさが頂点に達して終わる。この間2分32秒。10分近くある大曲を聴き終ったように感じるのは私だけだろうか。


シュールリアリスティック・ピロー

シュールリアリスティック・ピロー

「シュールリアリスティック・ピロー」 ジェファーソン・エアプレイン 1967年 ビルボード最高3位
「シュールリアリスティック・ピロ−」は、「超現実的な枕」とでも訳せるのか。以前述べたが、シュルレアリスムは、現実の延長にあるものなので、ドラッグによる幻覚とは違う。ここは題名にとらわれずサイケはサイケとして捉えるのがよいだろう。そして私が感じた限りここでほんとうにサイケなのは「ホワイト・ラビット」1曲のみだと思われるが、いかがであろうか。


さて、「ホワイト・ラビット」は激しさの頂点に達するとき次のように結んでいる。

論理や均衡が
惨めに落ちて死んでしまい
白騎士が逆回転で話し出し
赤い女王は気がふれた
門番の言ったことを覚えてる?
冷静さを保ちなさい
冷静さを保ちなさい

幻覚が頂点に達した時に、「冷静さを保ちなさい」と言っている。まるで酔っ払いに「酒は飲んでも飲まれるな」と説教されているようでちょっとおかしかったが(笑)、当時はこんなことも含めてすべて大真面目だったに違いない。みんな新しい音楽を作ろうとしていたのである。それゆえにただドラッグにおぼれていってしまうことをもっとも警戒していたであろう事は想像に難くない。


この時代、多くの新しいロックが生まれた。ドラッグに溺れ死んでいったものと冷静に次の時代につないでいけたもの。次回はその辺の話をしよう。


フィルモアのジェファーソン・エアプレイン」
1968年のライブを収録。ジェファーソンはクリエイターとしてだけでなくライブ演奏においても優れていた。バンドのグルーヴをグイグイ引っ張っているのは、ベースのジャック・キャサディ(ジャケット写真の酔いつぶれている人物)。彼の存在は大きい。のちに、ステージ上で彼のベースに陽動されていたことをグレース・スリックは認めている。